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あなたの言葉が、世界一。

せっかく読んだ本の言葉を、第3のビールやハイボールと一緒に忘れないように。

「みんな裸で、アウシュビッツみたいですね」 川上未映子 そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります

「あのう、みんな裸で、アウシュビッツみたいですね」

 川上未映子 そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります P.54

そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります (講談社文庫)

そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります (講談社文庫)

 

 

作者がジムのサウナで、みんなが黙っていることに我慢できなくなって放った一言。

 

小説の中だったら「お姉さん、おもろいこと言うなあ」となって
元気なおばちゃんと出会って、彼女のひょんな一言がきっかけになって問題が解決するなんてストーリーが展開するのかもしれないけれど、どっこい現実、とても寒く滑ってしまったらしい。


日常生活とアウシュビッツという言葉のギャップが激しすぎてついていけないのよ。

 

でも、こういった知らない人との一瞬の一体感というか、どうしてもこの現状や出来事を共有したいという空気管は、日常的にふと現れる。

 

新年の贅沢で、普段よりも贅沢な焼肉でも食べようかいとお出かけ。
どうしても昔からの癖が抜けずに、白米を頼んでしまうのだけど、どうにも空腹で大サイズを頼んでしまう。(焼肉がお肉だけで完結できる人は、どんな胃というか、口の中の構造をしているのだろうか。言うなれば、納豆とか、佃煮とかをそれだけで食べていることと自分にとって同じ感じで、どうにもこうにも貧乏舌。)

 

 贅沢な焼肉屋ですから、出てくるご飯も、大と言ってもつつましやかなものかと思いきや、一寸の狂いもない完璧などんぶり飯。
このお店に限らず、少し特別なメニューを提供するときは、ほんの少しのタメと、提供後の余韻をもって、「これは少し特別なんですよ」という雰囲気を醸し出していくものだけれど、これはただのご飯。

提供後の余韻もなく、去っていく店員さん、左手には場違いなどんぶり。


もう、半ば自動的にまわりをきょろきょろとすると、隣のおばさまの目がまんまるとこちらを見ていて、お互いにひとしきり笑ってしまった。


「食べ盛りですから」なんて、親戚にも言った記憶のない言葉を絞りだして、腹筋に力を入れなおして、肉を焼き始めた。