あなたの言葉が、世界一。

せっかく出会った言葉を、第3のビールの力で忘れないように。

「記憶につまさきをそっと」 川上未映子 すべて真夜中の恋人たち

私は三束さんの記憶につま先をそっと入れてゆく思いだった

 川上未映子 すべて真夜中の恋人たち P.237

すべて真夜中の恋人たち (講談社文庫)
 

 

初めての飲み会でも、懇親会でも、歓迎でもなんでもいいのだけれど、どんな風に生まれてどんなふうに育ってきたのかを聞くのが好きだ。

 

その人がどんなコミュニティに属してきたのか
(はたまた属さなかったのかを聞く方が、その人の価値観が分かったりするものだけど)
どんな小学生だったのか、初恋の相手はどんな人だったのか、好きな食べ物と嫌いな食べ物と・・・
そして自然な流れで、今大事にしているものや、考え方みたいな話に持っていける便利な話題。


そんなこれまでごく自然なコミュニケーションだと思ってやってきた行為が、ひどく乱暴で反省するべきものなのかもしれないと思った一文。

 

記憶がなにか器に入った液体的なものだとして、これまでの会話はその液体に大きなお玉を突っ込んで、底のほうから濁りだったり、カスみたいなものを掻き出すようなことだったのではなかろうか。
双方にアルコールが入っていれば、それはもう話している方も、武勇伝(最近は自逆風の物語の方が受け入れられる)を話しているのだから、記憶の液体の中の澄んだところを気持ちよく出しているのかもしれないけれど、
きっとそういう行為自体が好きではない人も、多くいる。

 

記憶につま先を入れるのは、遠慮と、やさしさと、同じくらい自分が傷つきたくない思いみたいなものがごちゃ混ぜになった結果の言葉。
その人が大事な人、大事になりそうな人であるほど、ぞんざいな扱いで傷つけたり、自分にとって傷となりそうな言葉は聞きたくない。

 

会話文の多い小説の方が読みやすい。
物語に入り込むよりも、そこに表現されているキャラクターに軽い気持ちで感情移入してやり取りを楽しむ方が楽だったのだけど、地の文を読むことが少し好きになった体験だった。