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あなたの言葉が、世界一。

せっかく読んだ本の言葉を、第3のビールやハイボールと一緒に忘れないように。

「佃煮にするくらいいる」東京タラレバ娘

そんなやつ

佃煮にするくらいいるレバ。

東京タラレバ娘  たられBAR

 

星の数ほど。

みたいなちょっとロマンチックな表現とは毛色の違う、それだけで馬鹿にするニュアンスも伝えられる便利なお言葉。

 

同じく便利な言葉として

「ワンデーアキュビュー女」というのがある。

 

都合のいい女。

でさえ、もはや見えないほど薄いオブラートなのに、この言葉にオブラートは一切ない。

 

もう、言葉を選んでる場合ではない。

伝えたいなら毒とともに。

 

 

「人は皆、ロマンチックな幻想で人生を包む」ビフォアサンライズ

人は皆、ロマンチックな幻想で人生を包む

ビフォアサンライズ

 

 

大枠のストーリーは覚えていないのに、なぜか頭の中にバッチリ焼き付いてしまったシーンというのはあるもので、この映画もその1つ。

 

たしか、初めて会った2人がなんだかんだあってくっつくラブストーリーだったなあ。というくらい話の内容は覚えていないのだけど、2人が途中で立ち寄るレコードショップのシーンがこびりついている。

 

試聴室。

お互いそこまで興味のない音楽を聴きながら、狭い部屋で視線を交わしたり、交わさなかったりする。

 

当時ロマンチックな関係の人もいなければ、気配もなかったはずなのに、なぜか焼き付いてしまい、今日も視線をキョロキョロとしてしまうのだ。

「しあわせに、肩まで浸かろう」バスロマンCM

色々なんてのぞんじゃあいない

ただ、ただあったかい家庭にしてくれ。

「しあわせに、肩まで浸かろう。」

バスロマンCM

 

アース製薬 バスロマン 森林温浴 680g

アース製薬 バスロマン 森林温浴 680g

 

 あったかいお風呂に肩まで浸かる経験は、それこそ子供の頃に「肩まで浸かって10秒数えなさい」と言われた体験と紐付いて、それはそれは幸福な感情を思い起こさせる。

 

ただ、しあわせに浸かろうという言葉だけでは伝わってこない暖かさ。

 

肩まで

と付けるだけで、このコピーはお風呂関係のものしか考えられないものとなって、とても温かい言葉になっている。

「愛より高く売れるものはない」ミュージカル キャバレー

「愛より高く売れるものはない」

ミュージカル キャバレー

 

ニュー・ブロードウェイ・キャスト盤 キャバレー

ニュー・ブロードウェイ・キャスト盤 キャバレー

 

 愛着は継続を生んで、継続は投資を減らし、金を生む。

本当は怖い思考停止。

それでも選択という手間がなくなると楽になるし、実はウィンウィン?

 

「おしゃれ と おめかし」穂村弘×川上未映子 たましいのふたりごと

おしゃれとおめかしって、違うと思う。

 穂村弘×川上未映子 たましいのふたりごと

 

たましいのふたりごと (単行本)

たましいのふたりごと (単行本)

 

 おしゃれには自己満足というか、ともすれば自意識過剰とも取られてしまう響きがある。

 

一方でおめかしには可愛さがある。愛しさがあって、きゅんとする。そこには確実に他人が存在していて、その他人も大事な人と相場が決まっている。

 

幸せと歓びの違いはなんだ?

 

幸せには噛みしめるもの、溢れ出すものがある。

 

歓びには音があり、動きがある。

 

ビールは歓び。

ビールのある生活は幸せ。 

「恋が落ちてたのを拾っただけ」サボテンと蜃気楼

恋に落ちたわけじゃないの。

恋が落ちてたのを拾っただけ。

サボテンと蜃気楼

YAMAHA ヤマハ VOCALOID4 Editor for Cubase

YAMAHA ヤマハ VOCALOID4 Editor for Cubase

 

 JPOPの真髄と、日本語の美しさと切なさ。

 

単なる言葉遊びではなくて、情景と心情と、ちょっとしたため息が聞こえてくる。

 

日本語が上手に扱えると、世界が彩られる。

 

「主語が複数になると、述語は暴走する」 磯島拓矢 言葉の技術

主語が複数になると、述語は暴走する

磯島拓矢 言葉の技術

 

思いつくものではない。考えるものである。言葉の技術

思いつくものではない。考えるものである。言葉の技術

 

 われわれは。

当社は。

消費者は。

 

全てそれなりのことを言っているように聞こえるけど、どれも嘘っぽい。空っぽに見える。

 

ターゲットを絞ること。

自分の意思は自分の意思として言葉にすること。

「ブレないことへの固執」 磯島拓矢 言葉の技術

ブレないことへの固執

磯島拓矢  言葉の技術

 

思いつくものではない。考えるものである。言葉の技術

思いつくものではない。考えるものである。言葉の技術

 

 朝令暮改というと聞こえは少しだけよくなるけど、やっぱり言っていることがぶれると、下請け的なポジションは厳しい。

 

「とはいえ、正しい方向に進んでいるんだからさ」

 

なあんて言葉で納得させようとする、というか、吐き出される言葉は正論に聞こえるので、それ自体は否定できないんだけど、そのプロセスは胸を張って否定させてもらいたい。

 

結局本当にこの方向に進むことで正しいのかということを、じッくりに詰めてから走り出さないと、途中で方向転換することになる。微修正ならまだしも、転換された暁には負担倍増である。

自分は負担をかけてしまうことが多いなあ

 

事前にじっくり煮詰めるプロセスにも問題はあって、なんだかんだいろいろ議論しているけど、何も進んでないじゃないかという停滞感だったり、中間報告で何も形になっていないと、意思決定者としては何も判断できなかったりと。

 

いくらでもブレてもいいということではなくて、
ここぞという時には勇気を持った方向転換を。
そしてしっかり考えた説明を。

「私を君の中の誰かにする」 住野よる 君の膵臓を食べたい

ここからは私の勝手な想像。違ってても許してね。
君は、私を君の中の誰かにするのが怖かったんじゃない?

 住野よる 君の膵臓を食べたい P.250

君の膵臓をたべたい

君の膵臓をたべたい

 

 買ったのはずいぶんと前なんだけど、その時の本屋さん(丸善だったような)のPOPに「セカチューのあとはキミスイだ!」と書いてあった記憶がある。

セカチューなんてもう何年前のことだと思いながら、キミスイという省略の仕方にも違和感を覚えて、まあ最終的には買ったのだけど。

買った理由のもう一つに、当時きらきらとして見えてあこがれに近い感情を持っていた人が、カバンの中にこっそりと入れていた本だからというのがある。もう一つというか、こっちがメインだ。強がった。
あわよくばこの本のことをきっかけに言葉を交わしたかったし、読んだ結果ポジティブでもネガティブでもなかったので、最悪どちらの感想でも盛り上がれたのに。

 

というのはいい思い出。

 

この人は「あこがれの人」とか、この人は「大切な人」という、カテゴライズされた人が増えるというのは、人生の業が増える感じがする。世界を大切にしないといけなくなってしまうので、臆病になる。

役職とか、先輩後輩みたいなものは、安心できる。

異動があれば簡単に変わる。

 

そうじゃない関係こそが厄介で、とても大切だ。

「悲哀って、笑い飛ばすと、ちょっと減る」 小西利行

悲哀って、笑い飛ばすと、ちょっと減るんですよね。

文小西利行 「物語のある広告コピー」の解説

物語のある広告コピー シリーズ広告編

物語のある広告コピー シリーズ広告編

 

 自虐風自慢という言葉が当たり前に使われるようになったけれど、人の不幸話は基本的には共感を呼ぶし、大して仲良くない人に対して、無駄な自慢話は避けている。

 

結局他人の不幸は蜜の味とまでは言わないまでも、他人の紅白は非常に苦々しいものとしてある。自分がある程度満たされていると感じているからこそ、さらにキラキラとした人の生活にピントを合わせたくない。

 

ネガティヴなことを言っているように思うけれども、実はこの文章も公式通り、自虐風の好感度稼ぎであり、しめてこの世に不幸な男はいなかったのだというハッピーエンドを期待したい。

なんだかんだ言っても、毎日お腹いっぱいご飯を食べられて、先輩後輩と上司の愚痴をゲラゲラと吐き出す日常はそれなりと、いや、かなり恵まれている。